比喩を議論で使うということ
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上の「名前: momo | October 8, 2005 04:40 PM」での発言において、以下のような「比喩」に関する発言がありました。
常々、議論における比喩というのは役に立たないどころか、議論が拡散するだけで有効な発言にはならないという結論を個人的に出してたので、丁度良い事例として以下の比喩に関する反論をしてみたいと思います。
日本語の「比喩-ひゆ」の意味や使い方ご存知ですか?
『例えること。ある事柄をわかりやすく説明するために、似ている事柄を借りてきて表す言い方。例文「緑の絨毯を敷いたような、芝生」といった使い方』芝生は芝生であって、絨毯ではありません。
しかし、その緑の様子を「絨毯」に例えているのです。→ 日本語には、そのような表現方法があります。
AはAであって、Bではないけれど、Aを表現するのにBみたいな感じの人とするのは「有り」。
それに対してAさんが、「ボクはAだよ。Bじゃないよ。」と、いつまでも、いつまでも、ごねることは、あまりないと思うのだけれど・・・。
■反論1
芝生と絨毯を例に出して「比喩」と述べていますが、比喩であることは私が疑問に思ってることの回答にはなりえません。
例え比喩だったとしても、私の言い分は「ボクはAだよ。Bじゃないよ。」ではなく「ボクを何故Bだと思ったの?」と聞いてる状況です。私の質問に回答できないということは、比喩となりえるほど「似ている事柄」ではないということです。
■反論2
例として芝生と絨毯の話や、AとBの話が出ていますが、今回のケースは芝生や絨毯、AやBといった物質や性質として全く異なるモノの対比ではなく、芝生と汚い芝生とか、AとしょぼいAといった感じの対比になります。
これに対して、「何でやねん」と異を唱えるのは十分に納得できる話です。
というか、上記のような同一クラスにおけるインスタンス毎の属性の違いを比喩で表現って、全然比喩にならないと思います。
例文)緑の絨毯を敷いたような絨毯
■反論3
ある事柄に関して分かり易く説明するために比喩という手法を用いるわけですが、今回のケースでは分かり易くなるどころか、説明をするべき人(そうせいじ)に混乱を与えています。そういう点で、あなたの手法を「比喩」だとおっしゃるのであれば、比喩は失敗していると言えるでしょう。
■総括
比喩ってのは、議論相手に上手く伝わるわけはないため、批判されるのを覚悟でやるもんです。その覚悟が無いならば使わない方が良いでしょう。


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